ここ2年ほどのあいだ、生命科学の分野でトップジャーナルをにぎわしているテーマが液 – 液相分離の現象である。細胞内には液 – 液相分離して形成された液滴 (ドロプレット) があり、DNAの修復や、遺伝子の転写、タンパク質への翻訳、シグナル伝達の制御、翻訳後修飾、自然免疫の応答、機能の区画化、外部環境からのストレスへの応答、アミロイドへの成熟など、きわめて多岐にわたる分子レベルでの生命現象に関わるという発見が相次いでいる。20世紀半ば以降、生物学は分子と構造から考える物質の科学によって大発展をおさめたが、そのなかで理解しにくかった現象が、タンパク質の状態を見ることで理解できる時代がはじまろうとしている。今回のセミナーでは、細胞内の液 – 液相分離の成果を整理し、「相分離生物学」という新しい学問として紹介したい。 タンパク質の液 – 液相分離の現象を、新しい創薬のターゲットとして期待する研究者も多いと思う。今回のセミナーでは、さまざまな生命現象が、液 – 液相分離というひとつの現象でつながってくるように体系立てて紹介したい。その背後には、20世紀半ばには確立していた高分子による液 – 液相分離の溶液物性や、20世紀後半にほぼ確立したタンパク質の溶液物性、21世紀にはじまった天然変性タンパク質から相分離性タンパク質へのパラダイムの転換など、重要なポイントがある。このように「相分離メガネ」をかけることで、生命の現象を新たに理解することが可能になる。