スマートフォンに代表される最新のディスプレイ技術を搭載した超小型高精細携帯端末の急速な発展には目を見張るものがあり、さらに5Gの移動体通信環境も整備されようとしている。このため、我々は高精細映像を手軽でプライベートに利用可能な環境を常時携行出来るようになった。この傾向は加速されているが、その陰で若い世代を中心に情報収集・処理能力の著しい低下が相次いで指摘されている (国立情報学研究所、スターンフォード大等) 。このため、我々をとりまく視環境の急変が我々の知覚・認知能力にどの様な影響を与えているかを検証し、個人携帯端末利用の在り方をより洗練されたものに改善する必要がある。
本セミナーでは、まず、講演者らの数年間の大学教育現場での実情把握やその他の動向を踏まえて、 (1) あらゆる世代がスマートフォンの影響を強力に受けつつあり、その影響は認知能力に止まらず「見え方 (視覚特性) 」そのものにも及びつつあること、 (2) 人間が古来培ってきた「手書きによる詳細なノートへ記録」と「その長期間にわたるふり返り」を実践することによって「大局観と論理的思考能力」の育成がはじめて可能であること、などを示す。つぎに、最近のAR/VRやHDR (ハイダイナミックレンジ) 技術に関係して講演者が手掛けている視覚特性応用技術について述べる。
- 意外と知らない視覚の基礎知識 (あなたはご自分の目を信じられますか?)
- 「百聞は一見に如かず」のことわざ通り、我々は視覚によって外界を自然に認知していると感じている。しかし、実はそれが脳の複雑な情報処理の結果であることを簡単に解説する。
- 視覚情報処理の基礎知識
- 明るさと色の知覚
- 奥行と動きの知覚
- 視覚的注意の特性
- 両眼立体視と幾何学錯視の関係
- 最近のディスプレイ技術と人間の環境依存性・個人差の関係
- 以下の事例を通して、人間が「人工環境」ではなく如何に「自然環境」に適合して来たのかを示す。
- 3Dディスプレイと立体知覚の個人差
- 新たに発見された曲面ディスプレイ観視時に発生する錯視と個人差
- プライベートな視聴覚情報環境を入手し、常時携行することによって何が起こっているか
- 以下の事例を通して、人間が急激な「人工環境」の台頭に適応不全を起こしている現状を示す。
- 聴覚の個人化 (1980年代) から視覚の個人化 (現在) までの変遷
- 有識者の数々の警告
- 国立情報学研究所およびスターンフォード大の調査 (2016年)
- ごく最近の変化と講演者の研究結果:物理的な視野の狭窄や注意の欠如
- 2段階ノート記録法の重要性 (皆さまの一般的な日常業務の改善にも役立ちます)
- 以下の通り、AI時代に向けて人間が主体的な能力を如何に向上させるかを論じる。
- 最近の大学生の思考の変化とノート指導の実践から見えるもの
- 受動的な視覚・聴覚情報取得のみに頼ると何が起こるか
- ふり返りによってはじめて得られる情報
- 他の有識者らの見解との関連性
- 2段階ノート記録法の提案
- 今後のディスプレイ技術開発に資する視覚心理の新しい知見
- 以下の事例を紹介し、最新の視覚心理応用技術やディスプレイ技術を開発する際の注意点を論じる。
- グローバルトーンマッピングに基づくHDR画像のSDR画像への変換
- 新たに実施したHDR環境での視覚心理実験結果に基づき、従来考えられていたような局所画像処理を多用したHDR画像からSDR画像への変換ではなく、画像全体に対して単独のLUT (ルックアップ テーブル) を使用するだけで知覚的な忠実性を大きく損なうことなくHDR画像からSDR画像への変換が可能になることを示す。
- 2D/3Dフットステップ錯視を例としたAR/VR技術開発に関する注意点
- 前面・背面の注視刺激を用いた2D/3Dフットステップ錯視の知覚開始時間を測定した結果、個人の発達環境 (立体視能力、注意の向け方など) によって全く異なる学習戦略が存在することが明らかとなった。
視覚以外の感覚との統合にも因果関係が推測されることから、今後AR/VR技術開発を開発する際には、可能な限りの物理的な要因を考慮して開発する必要があることを示す。 (本項目は、SID DW2019において発表予定)