鉄触媒によるクロスカップリング反応の研究動向と今後の展望
有機化合物の精密合成において、ニッケル、銅、パラジウム、ロジウムなどの遷移金属はそれぞれ特異な反応性、触媒活性を示し、 大変な活躍ぶりを示す。 これらの金属は、地殻中に数十ppmから数ppbの存在量しか無い「希少元素」であり、産業分野全体からの現在の需要に対しては数十年から数百年の耐用年数 (石油で言うところの可採年数) が見積もられている。
我々の研究グループでは、10年ほど前から普遍性の高い金属を活用する精密有機合成反応の開発に取り組んでいる。始まりは、「希少金属の触媒機能を、鉄のような身近な遷移金属で代替することは可能か?」「普遍性の高い金属の触媒で希少金属触媒の機能を凌駕することは出来ないだろうか?」といった素朴な疑問・挑戦だった。 卑金属鉱石から金を精錬しようとした古の錬金術師に自らの姿を重ね合わせながらのスタートではあったが、最近我々の開発してきた鉄および鉄族元素触媒によるクロスカップリング反応が、パラジウムやニッケルを触媒としたクロスカップリング反応とは異なる反応機構で進行していることが明らかとなってきた。
本講演では、「元素科学」や「元素戦略」を念頭に置いた均一系触媒反応開発の一例として、鉄を触媒としたクロスカップリング反応の開発について、我々のこれまでの成果をまとめて紹介したいと思う
鉄-シリル錯体に秘められた驚異の触媒能
鉄は地表部に最も多く存在する遷移金属であり、地球上に広く分布している。そのため、常に安価で安定的に供給できるという特徴を有している。しかし、良い触媒能を示す鉄の錯体はあまり知られていない。 高い触媒能を示す金属の代表として白金があげられる。ところが白金は高価であり、さらに世界中で産出される92%が南アフリカとロシアに偏っているため、経済的・政治的理由で供給が途絶える危険性をはらんでいる。 白金に限らず、他の安定的供給に問題のある金属を用いた触媒反応からなるべく早く脱却することが、産業の持続的発展には欠かせない。従って、これらの代替金属として鉄が利用できればそのインパクトは大きい。
鉄を中心金属として、その配位子や反応条件等を種々工夫することにより、鉄錯体に高い触媒能を発現させ、さらに鉄錯体に特有の触媒反応を開発することが可能ではないかと考え、我々は鉄錯体を触媒とする反応を種々検討している。
本講演では、シリル基を配位子とする鉄錯体に秘められた触媒能について、我々がが見出してきた反応を中心に解説する。
ヨウ素反応剤を用いた 脱レアメタル-カップリング反応
平成22年度のノーベル化学賞で話題となった、パラジウム触媒を用いたクロスカップリング反応は、有機金属を用いた反応の中でも最も重要なものの一つです。本反応は、機能性色素、医薬品、有機エレクトロニクス領域で重要な反応であるが、レアメタルを用いているので、特定産出国への依存度が高く、価格や供給面での問題が残っている。一方、我々が開発したヨウ素反応剤を用いるカップリング反応では、ヨウ素が日本が世界第2位の産出国であり、さらに、あらかじめ結びつける芳香環上に亜鉛やホウ素などの官能基化が不要なために、工程が簡略化され効率も高まり、製造コストの削減も期待される。 本講演では、これらの反応の開発に至った背景から、最近の芳香環化合物やヘテロ芳香環化合物間のレアメタルを用いないカップリング反応について述べる。